千葉地方裁判所 昭和37年(タ)19号 判決 1965年2月20日
原告
小園ふさ
代理人
井上正泰
被告
小園政男
代理人
半田和朗
(当事者・関係者はすべて仮名)
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、
(イ)、原告と被告とを離婚する、(ロ)、原告と被告間の長女甲子及び二男丁男の親権者を原告とする。(ハ)、被告は、原告に対し、金五〇〇、〇〇〇円を支払はなければならない、(ニ)、被告は、二男丁男が成年に達するまで、その扶養料として、毎月金三、〇〇〇円を原告に支払はなければならない旨の判決並に右(ハ)の部分について、仮執行の宣言を求め≪中略≫、被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め≪後略≫た。
理由
一<証拠>によると、原、被告は、昭和二九年三月中、婚姻の挙式を為し、同年九月二七日、その届出を了した夫婦で、その間に、長女甲子(昭和三〇年八月一四日生)、長男乙郎(昭和三二年一〇月二三日生)、二女丙子(昭和三三年一一月一四日生)、二男丁男(昭和三五年四月一二日生)の四名が出生したが、長男乙郎及び二女丙子は死亡し、長女甲子及び二男丁男の二名が健在であることを肯認することが出来る。
二而して、
(イ) <証拠>によると、被告は、昭和三二年中、隣家上原某の妻女である訴外上原よねと通じ、暫くの間、その関係を継続して居た事実のあることが認められ、この認定に反する<証拠>は、前顕各証拠に照し、措信し難く、他に、右認定を動かすに足りる証拠はなく、
(ロ) 尤も、<証拠>を綜合すると、被告と右訴外上原よねとの関係は、その関係が生じた後、間もなく、近隣の噂にのぼり、その夫に気付かれる虞が生ずるに至つたので、右両名は、暫くの間、その関係を継続した後、互に、その関係を絶ち、爾後は、関係を続けることなくして現在に至つたこと、従つて、現在においては、その関係は全く断絶して居て、その様な関係は存在して居ないことが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はなく、
(ハ) 又、<証拠>を綜合すると、被告は、前記訴外上原よねとその関係を絶つてから間もない頃である昭和三二年一一月頃、山武那士気町に居住の未亡人である訴外山田とめと知合ひ、間もなく、之と親しくなり、その後は、しばしば同女の許に宿泊し、時には四日も五日も同女の許に留つて、帰宅しないこともある様になり、時には、公然と之を自宅に伴ひ帰つたりする様になり、昭和三六年一〇月中、原告が実家に立戻つてからは、しばしば之を自宅に宿泊させ、家事をも手伝はせ、現在に至つて居ることが認められ、右認定に反する<証拠>中右認定に反する部分は、前顕各証拠に照し、措信し難く、他に、右認定を動かすに足りる証拠はなく、而して、社会一般の通念(常識)に照すと、成年男女間に右に認定の様な事実がある場合には、その間に情交関係が存在すると観るのが通常の事態であると認められるので、被告と右訴外山田とめとの間には、情交関係が成立して居て、現在においても、その関係が継続して居るものであると認定するのが相当であると云ふべく、従つて、被告は、右訴外人と現に情を通じて居るものであると認定せざるを得ないものであり、
(ニ) 然る以上、被告は、妻である原告に対し、不貞の所属を為したものであると認定せざるを得ないものである。
三而して、原告は、被告に右不貞の所為があると共に、原、被告間には、婚姻を継続し難い重大な事由があるから、被告との離婚を求める旨を主張しているので、原、被告は、その婚姻を継続するのが相当であるか、又は、被告に右不貞の所為のあること若くは原、被告間に婚姻を継続し難い事由があることによつて、離婚するのが相当であるか否かについて、審按するに、
(イ) 先づ、原、被告が、婚姻して後、現在に至るまでの経過の大要を観るに、<証拠>を綜合すると、原、被告の仲は、(原、被告は、婚姻後、被告方において、同棲したものである)、婚姻後二、三年間は、さしたる風波もなく、大体無事に経過して居たのであるが、被告が、訴外上原よねと関係を結ぶ様になつてからは、それが原因となつて、漸次、夫婦間に、感情の対立が生じ、些細なことから、互にいさかひを為し、時によつては、原告が被告に反抗し、被告は、之によつて激昂し、時によつては、原告を殴打し、又、之によつて、原告も激昂して、互に、衝突し、その仲は、次第に、円満を欠く様になり、その後、被告が、訴外山田とめと関係を結ぶ様になつてからは、感情対立の度合は一層甚だしくなり、夫婦は、些細なことから、衝突し、被告は、原告に対し、殴る、けるなどの乱暴をくりかえし、原告も亦居直り、ふてくされて、反抗し、その結果、被告が、激昂して、鎌で原告の頭部を殴打し、その頭部に傷害を生じさせた様な事態も一度生じたことがある程であり、それでも、子供がある為め、夫婦別れをすると云ふ事態にまでは立至つて居なかつたのであるが、昭和三六年一〇月中に至り、原告が、他から、石鹼を借用して、之を使用したのは、買求めたと嘘を云つたことが明かとなつたと云ふ様な些細なことから、夫婦が衝突し、原告は、激昂の上、二男丁男を伴つて、実家に無断で帰り、その後、一ケ月程してから、仲入達の心配によつて、原告を被告方に復帰させることとなり、原告の実兄である訴外二宮正が原告を伴つて、被告方に赴いたところ、被告は、復帰する心算で戻つた原告の意思を無視して、之を殴打したので、原告は、激怒して、復帰することを断念するに至り、又、原告を伴つて行つた右訴外人も、之を見て、激怒し、そのまま、原告を連れ戻り、その結果、原告は、被告と離婚することを決意し、その実兄である右訴外人も之に同意し、爾来、原告は、被告の許に復帰せず、そのまま、現在に至つて居ることが認められ、<証拠>中、右認定の趣旨に牴触する部分は、措信し難く、他に、右認定を動かすに足りる証拠はなく、
(ロ) 而して、右に認定の事実と<証拠>とを綜合すると、原、被告の夫婦仲が円満を欠くに至つたそもそもの原因は、被告が妻である原告のあることを無視して、他の女性と関係を結ぶに至つたことにあると認定せざるを得ないものであり、而も、<証拠>によると、この為めに、原告は、被告の許に復帰する意思を放棄して、被告との離婚する決意を為すに至つたものであることが認められるので、原、被告の仲が円満を欠くに至つた根本の原因は、被告が妻以外の女性と関係を結んだことにあると云ふ外はなく、従つて、被告が、妻以外の女性との関係を清算しない限り、原告の離婚の意思を働かすことを得ないものであると認定せざるを得ないものであり、
(ハ) 尤も、<証拠>を綜合すると、原告にも欠点があつて、即ち、気が強く、勝気であつて、夫や姑には、口答へし、或は反抗して、素直に、その云ふことを聞かなかつたり、口数が多く、家庭内のことを平気で、外で、口外し、又、少しく嘘をつく癖があつて、後に嘘であることが判つても平気で居たり、又、ふてくされる癖があつて、被告と衝突したりするとふてくされて、反抗し、時には、家を飛出し、被告や姑をてこずらしたりすることなどがあつて、それ等のことが、夫婦仲に若干の影響を与へ、夫婦仲の円満を害する一原因となつたことが認められ、<証拠>中、右認定の趣旨に牴触する部分は、措信し難く、他に、右認定を動かすに足りる証拠はないのであるが、前記認定の事実と<証拠>とに照して、考察すると、原告に右の様な欠点のあることは、原、被告の夫婦仲を不仲にした根本の原因であるとは認め難く、その根本の原因は、前記の通り、被告が妻である原告を無視して、他の女性と関係を結ぶに至つた点にあると云はざるを得ないものであり、
(ニ) 然るところ、前記訴外上原よねとの関係は、前記認定の通り、昭和三二年中に、既に、断絶されて居て、現在は、その様な関係は全くなく、又、<証拠>を綜合した上、之を社会通念に照して、考察すると、原告が、実家に立帰つた後は、被告の家族は、年老いたその母マサと長女甲子の三人のみであつて、家事を見る者は、老母一人と云ふ有様なので、被告は、止むなく、関係のある前記訴外山田とめをして、家事を手伝はせて居ると云ふ実情にあるものであると認められ、又、右訴外山田とめは、未亡人ではあるが、一人の実子を有し、且、家も若干の財産もあるので、独立して、生活して居り、被告と関係はあつても、被告の妻となつて、被告の家に入る意思などは、之を有しないものであると認められ、又、被告にもその様な意思はないものと認められるので、被告と右訴外山田とめとの関係は、恐らく、近い将来において、断絶されるに至るものであると推認され、又、被告が、その関係を絶とうとすれば、恐らくは、容易に之を絶ち得るものであると認められ、而して、被告が、それを絶つことは、夫として、当然の義務であつて、被告は、恐らくは、それを当然に自覚して居るであろうと推認されるのであるから、右訴外山田とめとの関係は、恐らく、被告自身の意思によつても、近い将来において、断絶されるに至るであろうと推認され、従つて、近い将来において、既存の被告の女性関係が、清算されるに至ることは、必定であると云ふべく、かくなれば、原、被告の夫婦仲を不仲にして居た根本の原因は、当然に消滅するに至るものであり、
(ホ) しかのみならず、被告は、その年齢において、間もなく、不惑の年に達するのであるから、近い将来においては、妻以外の女性に手を出すが如きことは、恐らく慎しむに至るであろうと推認されるので、被告の女性関係は、近い将来においては、皆無となるに至るであろうから、この点においても、従前、原、被告の夫婦仲を不仲にして居た根本原因は、消滅するに至るであろうと云ふことが出来るものであり、
(ヘ) 一方、原告には、前記の様な若干の欠点があり、之が夫婦仲を不仲にした一原因となつて居ると認められるのであるが、それは、原告が、自覚して、改めれば、容易に改め得るところのものであり、又、被告は、証拠調の結果によると、性質は、おとなしく、且、親切である点もあるけれども、好色の上、短気、粗暴な点があり、又、我がままであるなどの欠点のあることが認められ、その中、好色が、原、被告間の仲を現在の状態に陥入れた根本の原因であることは、前記認定の通りであるけれども、これは、前記の通り、将来において、改められるものと推認され、その他の点は、原告と同様、自覚して、之を改めれば、容易に改め得るところのものであるから、将来、原、被告双方が、その欠点を反省自覚して、之を改めれば、原、被告間の仲を不仲にした諸原因は、執れも、之を除去し得るものであると云ふことの出来るものであり、
(ト) 更に、被告の家庭を見るに、その家庭は、被告の外は、老母と長女甲子のみで、他に係累はなく、而も、証拠調の結果によつて、仔細に観察すると、被告とその老母は、恐らくは、原告の復帰することを心ひそかに望んで居るものと推認され、又、証拠調の結果によつて、観察すると、被告とその老母は、案外、人が良く、原告さへ自覚して、おだやかに生活すれば、余り苦情を云ふ様な人柄ではないと認められ、
(チ) 一方、原告は、その子供を引取り、自活して、之を養育して行くつもりであると云ふ様な供述を為して居るのであるが、<証拠>によると、原告は、中学校の給食係として雇はれ、月額七、八千円程度の給料を得て居るに過ぎないものであることが認められ、又、証拠調の結果によると、原告は、何等の手職をも有しないものであることが認められるので、原告が若し被告と離婚したならば、辛うじて、自己一人を養ひ得るに過ぎず、その子二人を養育すると云ふ様なことは、到底、おぼつかないところであると云はざるを得ないものであり、又、その実兄である訴外四宮正は、証人として、原告及びその子女を引取り、その生活と養育とを引受けると云ふ趣旨の供述を為して居るけれども、同訴外人がその様な実力を有するものとは到底認め難いので、原告が、右訴外によつて、生活し、且、二人の子を養育すると云ふ様なことは、その可能性がないと云ふべく、一方、証拠調の結果によると、被告方は、相当の財産があつて、被告方に復帰すれば、生活上の不安は、全くないことが認められるのであつて、この様な点をも考慮に入れると、原告及びその二人の子にとつて、最善の方法は、結局、原告が被告の許に復帰することであると認められ、而して、原告が被告の許に復帰すれば、以上に認定の諸事情のあることに鑑み、恐らく、諸事円満に解決されるに至るであろうと推認されるところであり、
(リ) 而して、以上に認定の諸事情のあることを綜合して、考察すると、被告に前記認定の様な不貞の所為があつても、それを理由として離婚することは、妥当ではなく、又、近い将来においては、原、被告間には、婚姻を継続し難い様な重大な事由は存在しないことになるものであると断せざるを得ないものであるから、原、被告は、その婚姻を継続するのが相当であると判定する。
四然る以上、原告の本件離婚の請求は、之を棄却せざるを得ないものであり、而して、離婚の請求が棄却せらるべきものである以上、その余の請求が理由のないことは、多言を要しないところであるから、その余の請求も亦之を棄却せざるを得ないものである。
五仍て、原告の請求は、全部、之を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。(田中正一)